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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)2548号 判決 1985年12月17日

本籍

東京都清瀬市中清戸二丁目七九五番地

住居

右同

農業

西川幸壽

昭和五年一〇月一六日生

本籍

東京都港区南青山二丁目二二番地

住居

埼玉県新座市西堀二丁目一一番二二号

会社役員

田中孝

昭和五年一月二一日生

右の者らに対する各所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官山口勝之、同櫻井浩出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

一  被告人西川幸壽を懲役一〇月及び罰金一三〇〇万円に、被告人田中孝を懲役一〇月に処する。

二  被告人西川幸壽においてその罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

三  この裁判確定の日から、被告人両名に対し二年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人西川幸壽(以下「被告人西川」という。)は、東京都清瀬市中清戸二丁目七九五番地において農業を営む傍ら不動産賃貸及び学習塾の経営を業とする者、被告人田中孝(以下「被告人田中」という。)は、埼玉県所沢市大字北秋津字上人塚七〇八番地五六に本店事務所を置き、不動産売買等を業とする株式会社富士恒産(以下、「富士恒産」という。)の代表取締役社長であり、かねて被告人西川に対し、土地を売却することによる長期譲渡所得税を免れる方法があるとして、右富士恒産に土地を売却するよう勧めていた者であるが、被告人両名は、共謀の上、被告人西川の昭和五八年分の所得税を免れようと企て、同被告人が同年中に右富士恒産に土地を売却したことによる長期譲渡所得につき、同被告人に右富士恒産に対する架空の保証債務を計上するとともにその履行のために同社に右土地を譲渡し、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五八年分の同被告人の実際総所得金額が七三四万七四六九円で、分離課税による長期譲渡所得金額が一億五四〇四万円であった(別紙(一)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五九年三月一三日、東京都東村山市本町一丁目二〇番二二号所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一五一万六四一四円で、これに対する所得税額は社会保険料等を控除すると零であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって零となるから、これに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第一四二六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により昭和五八年分の正規の所得税額四六四二万四九〇〇円(別紙(二)脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人西川及び被告人田中の当公判廷における各供述

一  被告人西川(三通)及び被告人田中(二通)の検察官に対する各供述調書

一  西川幸広及び西川久美子の検察官に対する各供述調書

一  登記官作成の土地登記簿謄本及び閉鎖登記簿謄本(五通)

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  譲渡収入調査書

2  取得原価調査書

3  特別控除額(所法64<2>)調査書

4  特別控除額(措置法31<3>)調査書

5  不動産収入調査書

6  租税公課調査書

7  減価償却費調査書

8  支払手数料調査書

9  その他の経費調査書

一  押収してある五八年分の所得税の確定申告書一袋(昭和六〇年押第一四二六号の1)、保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書等一袋(同押号の2)及び昭和五八年分収支明細書等一袋(同押号の3)

(法令の適用)

一  罰条

被告人西川につき、刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

被告人田中につき、刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

二  刑種の選択

被告人西川につき、懲役刑及び罰金刑の併科

被告人田中につき、懲役刑を選択

三  労役場留置

被告人西川につき、刑法一八条

四  刑の執行猶予

被告人両名につき、刑法二五条一項(被告人西川については懲役刑につき)

(量刑の事情)

本件は、自宅の改築、別荘の購入等の資金に充てるため、さらには、二男が起こした交通事故の賠償金の支払資金に充てるため所有の山林の一部を売却しようとしていた被告人西川が、同被告人に土地の売却方を申し込んでいた被告人田中と土地売買の話し合いをする過程で、同被告人から保証債務の代物弁済を仮装する脱税の方法につき説明を受けるなどするうち、同被告人と共謀の上、同被告人の経営する富士恒産に昭和五八年中に土地を売却したことはよる同年分の長期譲渡所得につき、判示の仮装手段を講じて所得を秘匿した上、虚偽過少の申告を行って同年分の所得税四六四二万円余をほ脱したというものである。そのほ脱税額は一年分としては多額である上、ほ脱税率は一〇〇パーセントと正規税額をすべて免れたものであるところ、ほ脱の方法も、被告人田中の経営する富士恒産を貸主、被告人西川の二男を借主、被告人西川を連帯保証人とする内容虚偽の連帯保証人付金銭消費貸借契約証書を作成し、被告人田中において富士恒産名で裁判所に被告人西川を相手方とする即決和解の申立てをして和解調書を作成させ、土地登記簿にはこれにそう代物弁済を原因とする移転登記を行うなどしているものであって、本件は結果、態様において犯情は悪質である。被告人西川については、被告人田中から本件ほ脱の方法を示唆され、同被告人の言うままにすべて事を任せて行動していたという事情は認められるが、被告人西川は、貸家の賃貸収入を圧縮したり、駐車場収入などの一部除外を行うなどして不動産所得を圧縮するなど、分離課税による不動産の長期譲渡所得以外の所得についても脱税を行っていたものであって、その納税に対する態度には問題があったと言わざるを得ない。(なお、本件土地売却代金のうち本件脱税発覚前に費消されたものの大部分は、別荘や妻の装身具等の購入代金に充てられている。)被告人田中は、被告人西川から富士恒産に土地を売却してもらうため、売買交渉の過程において税金を免れる方法があるとして本件脱税の概要を説明し、同被告人から土地売却の承諾を得るや本件脱税の方法等を自ら考案、実行したものであって、被告人田中の存在なくして本件脱税はあり得なかったと認められるが、富士恒産は右土地を五〇〇〇万円余の差益が出る形で即時に転売し、一五〇〇万円余の利益を得たものである。以上の事情に照らし被告人両名の刑事責任はいずれも重大である。

しかし、被告人西川については、本件脱税を企図、実行するについて前記のとおりの事情があること、同被告人は、査察を受けた後は事実を認め、昭和五六年から同五八年の三年分につき修正申告をした上、本税、重加算税、延滞税を納付するなど、反省悔悟し、今後の過ちなきことを誓っていること、前科前歴のないこと等の事情があり、また被告人田中については、本件脱税の主導的役割を担っているものの、これまで前科前歴もなく銀行員、不動産業者として普通の市民生活を送ってきたもので、いわゆる脱税請負を業としてきたものではないこと、被告人西川と同様、査察を受けた後は事実を認め、再び過ちを犯さないことを誓っていること等の事情があるので、これらを総合勘案し、被告人両名に対しその懲役刑の執行を猶予することとし、主文のとおり量刑する。

(求刑被告人西川につき懲役一〇月及び罰金一五〇〇万円、被告人田中につき懲役一〇月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 石山容示)

別紙(一) 修正損益計算書

西川幸壽

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

<省略>

別紙(二)

脱税額計算書

<省略>

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